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小林光恵さんの「こちら、ナース休憩室別館」
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こちら、ナース休憩室別館 第51回  2008/8
我慢
第51回:我慢
 古い二階建ての一軒家。その一階の居間に置かれたベッド上に、家主の大泉貴史さん(85歳)が横たわり、じっと天井を見ています。
 同じ一階の台所では、彼の妻ゆかりさん(67歳)が、青ざめた顔をして洗い物をしています。そして<とうとう、来るときが、来たのかな>と心の中でつぶやきます。
 ついさっき、夫の貴史さんが彼女に言いました。
「真奈美に……連絡とってみるかな」
 真奈美さん(48歳)は、大泉夫妻のひとり娘です。
 いまから25年前、真奈美さんは、ドイツ人と結婚してドイツに住みたいと両親に告げました。それをどうしても許さない父の貴史さんと真奈美さんは大喧嘩をし、勘当という形で真奈美さんは家を出て、ドイツに行き、結婚しました。そのとき以来、音信不通です。妻のゆかりさんだけは真奈美さんにときどき会っていますが、貴史さんは25年、一度も会っていないのです。貴史さんは穏やかで柔軟な性格ですが、こと真奈美さんの件になるとたいへん頑なでした。
 貴史さんは、慢性病が悪化し、入退院を繰り返すようになった三年ほど前から、妻のゆかりさんに頻繁に話すようになったことがあります。
「ジュンジとね、取引きしたんだ。大好きな饅頭を我慢するかわりに、トイレには歩ける状態にしてくれってね」
 ジュンジとは、貴史さんの子供のころからの心の神様のことで、その存在はゆかりさんにだけ彼から知らされています。入退院するようになってから貴史さんは、ジュンジと数々の取引をしてきました。闘病も入院も、苦痛や制約がともない、我慢しなければならないことが多い事態ですから、それを乗り切る知恵なのです。
 この三年間、彼がどんな我慢をしてジュンジと取引してきたかというと…。前述の饅頭、病室の位置(窓際ではなく、真ん中だったこと)、シャワーに入ること、タバコ、酒、痛み、などなど。
 三ヶ月前に退院し、自宅療養するようになると、貴史さんはこう言うようになりました。
「ジュンジのお陰だな。そのときにとてもしたいことを我慢するということでなければこの取引は成り立たないわけだよ。私も一生懸命そのたびにいろいろ我慢したからね、もう家に帰れないかもしれないと思っていたのに、こうして帰ることができた。それに体調だって、入院しているころから考えたら夢のように楽だ。ジュンジのお陰だ」
 目下、貴史さんがジュンジと取引している我慢のタネは、二階へ行くことです。二階には、貴史さんの書斎、夫婦の寝室、オーディオルームがあり、元気なころ彼はもっぱら二階で過ごしていたのですが、三年前からは、便宜上、居間で過ごすようになったのです。いま、貴史さんの移動には車椅子が必要です。トイレには、かおりさんが車椅子を押して行くような状態です。二階に行くには、大勢の手を借りなければなりません。
 貴史さんは最近、一日に数回はこういいます。
「あー、いまだと二階の書斎の窓からは、となりのバラ園がよーく見えるだろう。それとあれ、小学校の校庭はさ、子供が体操やってたりしてずっと見てても飽きないんだよな。行きたいなあ、二階。すぐ上なのにな。でも、こんなにしたいことだらけだからこそ、我慢の値打ちがあり、ジュンジだって、当分入院なしって取引をしてくれたわけだよ」
 しかし、ゆかりさんはわかっていました。体調が悪くなったこの三年間、貴史さんがほんとうにいちばんやりたいことをです。それは真奈美さんに会うこと。
 かおりさんは、この25年間、真奈美さんに会うように何度も貴史さんに働きかけてきました。そして、体調を崩してからも折を見ては言ってみましたが、「会うつもりはないから、もう言わないでくれ」という返事でした。
 ここのところ貴史さんは、年齢的なものがあるのか、食がほそくなり、衰えが見えてきていました。
 そこへ、さきほどの貴史さんの言動があったのです。彼の口から真奈美という名前が聞かれたのは25年ぶり。退院はしてきたものの、年齢的になにがあってもおかしくないだろうから、とかおりさんはとても心配になります。もしかして、そういうことを本人が悟って言ったのかしら。最期に会っておきたいという気持ちで…。
 と、居間から貴史さんの苦しげな声が、かおりさんの耳に届きます。
 かおりさんは、すぐさま居間へと向かったのでした。

 それからひと月。
 結局、苦しげな声を聞きかおりさんがかけつけたあのとき、貴史さんは大事にいたらなかったそうです。貴史さんは「やはり、真奈美に連絡とるのはやめる」と言って、その後真奈美さんのことは一切言わないそうです。かおりさんは、やはり彼にとっての最大の我慢は真奈美さんに会うことなのだろうな、と改めて思ったそうです。
小林光恵

新刊 改訂版 ケアとしての死化粧
小林光恵 こばやしみつえ
小林光恵のホームページ http://www003.upp.so-net.ne.jp/furakoko/

 茨城県生まれ、東京警察病院看護専門学校卒業。看護師として東京警察病院、茨城県赤十字血液センターに勤務。その後編集者を経て独立。現在は執筆を中心に活動している。
マンガ 『 おたんこナース 』、日本テレビ系列 『 ナースマン 』原案者。
著書に 『 ナースのおしゃべりカルテ 』(幻冬舎文庫)、『 12人の不安な患者たち 』(集英社文庫)、『ケアとしての死化粧―エンゼルメイク研究会からの提案』(日本看護協会出版会)『 こちら、ナース休憩室 』(PHP研究所)等多数。

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小林光恵・エンゼルメイク研究会 編著
出版社/日本看護協会出版会
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