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「イラスト:影山直美」
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第16回
 病気お見舞いの思い出

                          @ ← A

 私が二十代のころに教わったハングル語のK先生(男性、昭和ひとケタ生まれ)の自宅に、数年前、病気お見舞いに行ったことがありました。肝臓病で、容態はかなり悪く、一時退院しているとのことでした。
 私は、お見舞いの品に葛粉がひらめき、それに決めました。栄養になり、食べやすく、なによりもK先生は好きに違いない、と私は思ったのです。K先生とは、お酒を飲みながら、よく日常の好きな食べ物の話しをしたものでした。しかも先生と私は嗜好がとても似ていました。たとえば「味噌汁の具の一番は大根だ」とか。
 私は、葛粉を見て先生が喜ぶ顔を想像しながら、先生に、前述の、りんごの煮たの、砕いた氷の砂糖がけ、そして葛湯の幸せな思い出話もしたいと思いました。先生は、私の子供のころの話を聞きたがり、よくうれしそうに聞いてくれたものだったからです。
 自宅を訪ねるとK先生は、元気はないものの、笑顔を作って、私を出迎えてくれました。しかし私が和菓子屋さんで買ったいろんな風味の葛粉の詰め合わせを差し出した途端、顔を曇らせ「葛湯の葛? くず、くず、ふん、人間のクズ、ってか」とつぶやくと仏頂面になり、そっぽを向いて、布団に横になり、以後、どう話しかけても応えてくれなかったのです。いたたまれず、早々に退散してきました。葛粉によって先生が気分を害するなんて予想外だったため、泣きそうなくらいショックでした。
 その数ヵ月後、K先生は亡くなりました。
 つい最近、ふと思い出したことがあります。K先生のお見舞いに行き、悲しい気持ちで立ち上がり、帰ろうとしたそのとき、鏡に映ったK先生と一瞬目が合ったのです。そのときのK先生は、よく思い出してみると、私をからかう時のようなイタズラっぽい表情だった気がするのです。それを思い出して以来、先生はあのとき相当虫の居所が悪くて、私にいじわるをしてみたかったのかもしれないと思うようになりました。これは、私の心が都合よく作りだした記憶のような気もしないではありませんが、いや、ほんとうに目が合ったのです。先生は、葛湯が好きではなかったのかもしれませんが、あの時、本気で怒っていたわけではないのです、きっと。

小林光恵

新刊『ケアとしての死化粧ーエンゼルメイク研究会からの提案』
小林光恵 こばやしみつえ
小林光恵のホームページ http://www02.so-net.ne.jp/~n-three/

 茨城県生まれ、東京警察病院看護専門学校卒業。看護婦として東京警察病院、茨城県赤十字血液センターに勤務。その後編集者を経て独立。現在は執筆を中心に活動している。
マンガ 『 おたんこナース 』、日本テレビ系列 『 ナースマン 』原案者。
著書に 『 ナースのおしゃべりカルテ 』(幻冬舎文庫)、『 12人の不安な患者たち 』(集英社文庫)、『ケアとしての死化粧―エンゼルメイク研究会からの提案』(日本看護協会出版会)等多数。

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