| メ イ ン ペ ー ジ |
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同室の患者さんばかりでなく、娘にも見られたら恥ずかしい行為って一体…。前田さんが続けます。 「次のチャンスもナースが現れてダメになり、そして次のチャンスには担当の先生がふらりやってきてダメになって、とにかくことごとく邪魔が入ってね。そのうち日がたって、鼻に入れてた管が抜けて、点滴も抜けて、家内はすたすた歩くようになって、面会に行ったって、ベッドにちょこんと座ってるんだから、やろうったってやれやしない」 ということは、奥さんは目を閉じて横になっていないとできない行為ということです。一体どんな行為なのでしょう。彼に訊きます。 「じゃあ、結局、オレ流看護法はできないまま終わったってことじゃないですか」 「まあ、最後まで聞いてなって。あのね、不思議なことが起こったのよ」 退院前日の夕方。同室の患者さんらは、検査室からまだ戻ってこなかったり売店に行ったりでみんな出払っており、奥さんは着替えのためにベッド周りのカーテンを閉め、前田さんはベッドサイドの丸椅子に座ってペットボトルのお茶を飲んでいたそうです。前田さんは、そこまで話すとビールをゴクリと飲んで、あさってのほうに顔を向けて言いました。 「お茶飲んでたらね、家内がなにを思ったか、ベッドにしずしずと仰向けになって、目をつぶってね、こう言ったのよ。<ねえ、やって>って。<お父さんがやろうとしてたこと、いま、やって>ってね、なんか、いつになく淑やかな声でね。で、オレがぽかんとしてると<手術のあとの辛い時期に、何度も私にやろうとしたこと、いま、やって>って言ったの」 そのときの奥さんの言い方は、とても切実で真摯で、静かだが有無を言わせないトーンがあったそうです。 「で、やったんですね」 私が言うと、前田さんはそっぽを向いたままこっくりうなずき、そのときの説明をはじめました。 「手を静かに伸ばして、家内のね、額のところの、髪の生え際あたりから、うしろに、しずかにしずかに撫で下ろしたのよ。よしよし、よくがんばったなって思いながら、何回も何回もゆっくりと。そしたら家内が<ありがと>って言った。家内の目じりは少し濡れてたね。それにしても、どうして家内は、オレがそれをやりたいってことがわかったんだろう。不思議で仕方ないよ」 「………」 そんな不思議よりも私は、多くの人が慈しみや労わりの気持ちを込めて行う、頭と髪を撫でる行為が、どうして前田さん独自のオレ流看護法ということになるのか、そっちのほうが不思議でした。 でも、それを言うのはやめて、私は前田さんのコップにビールを注いだのです。語りはしないけれど、急に真っ白になった髪が、奥さんの入院手術という事態がいかに心身ともにたいへんだったか物語っていましたから。 |
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