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「イラスト:影山直美」

小林光恵さんの
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第4回
 三と二分の一回の寝たふり

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 三回目の寝たふりは、退院日が決まった日曜日の午後。昼寝をしていたBさんは、家族の会話が聞こえてきて覚醒。Bさんが寝ている間に奥さんと娘さんと息子さんが面会にきていたのです。Bさんは、目蓋を閉じたままにし、寝たふりをすることにしたそうです。
 Bさんは照れくさそうに頭を掻くと、ウーロン茶のグラスを見つめながらそれを揺らし氷の音をさせます。
「ぼくが寝ていると思い込んで話しているだけのなんでもない会話ですよ。退院の日はパパの好きな茄子の煮びたしを作ってあげようか、とか、それなら安上がりだ、とか、当分の間ビールという言葉は発しないようにしよう、とか、それは返ってよくない、どうせテレビではビールのCMバンバンやってるよ、じゃパパだけテレビ禁止ね、そうしよう、いやそこまでするのは可愛そうだ、とか、そういうこと。でも、なんか、すごくじわじわと包まれるように嬉しくって。子供のとき寝たふりをして、親に抱きかかえられて寝床まで運んでもらったときみたいな、なんとも言えず穏やかな気持ちになってね」

 四回目の寝たふりは、退院前日の午後二時すぎ。カーテンを締め切ってパジャマを着替えていたBさんの耳に、ナースQの声が聞こえてきました。検温のようです。別の病室の担当をしていたのか長期休暇をとっていたのか、彼女が病室にやってきたのは、入院三日目のBさんが寝たふりをして検温を避けて以来のことでした。容態がよくなり、退院も決まった今、Bさんは、寝たふりをして彼女を避けたことを、少し後悔していました。つっけんどんに思えたのは、自分の体と心の調子が悪かったからで、実際は単にさばさばした人なのだとも思うようになっていました。しかしBさんは、急の来訪にあわててしまい、ナースQとどう接したらいいかわからず、着替えを済ませると寝たふりの体勢になったのでした。
 そこへ、ナースQが「Bさん」と声をかけながらカーテンを開けてベッドサイドにやってきました。彼女の数回の呼びかけに対し、Bさんは微動だにせずにいました。するとナースQは、背中を丸めてタオルケットをかぶって横になっている彼にこう言ったのです。
「Bさん、明日は病院の設立記念日なので、そのお祝いとして昼食にお饅頭かケーキのどちらかが付きます。どちらがいいですか? ご希望がなければ、自動的にお饅頭がつくことになっています。希望受付がもう締め切りになりますが、どうしましょう」
「ケーキで」
 ケーキに目がないBさんは、退院といううれしい日にはどうしてもケーキを食べたいと思い、寝たふりをしていることなどすっかり忘れ、思わず答えてしまっていました。
 そんな自分が滑稽に思えたBさんは、クククと笑い出し、タオルケットを払って起き上がり、頭を掻きながら、ナースQから体温計を受け取ったのだそうです。
 Bさんは、ウーロン茶を飲み干すと、笑みを浮かべながらこういいました。
「ナースのQさんは、ぼくの寝たふりを最初から見抜いていたんだね。たぶん、一回目のときも。というわけで、四回目の寝たふりは最後までしとおせなかったから半分。全部で三と二分の一回。寝たふりするのも、悪くないね」
 ストレスいっぱいの入院ではなかったようで、少しほっとしました。

小林光恵

新刊『ケアとしての死化粧ーエンゼルメイク研究会からの提案』
小林光恵 こばやしみつえ
小林光恵のホームページ http://www02.so-net.ne.jp/~n-three/

 茨城県生まれ、東京警察病院看護専門学校卒業。看護婦として東京警察病院、茨城県赤十字血液センターに勤務。その後編集者を経て独立。現在は執筆を中心に活動している。
マンガ 『 おたんこナース 』、日本テレビ系列 『 ナースマン 』原案者。
著書に 『 ナースのおしゃべりカルテ 』(幻冬舎文庫)、『 12人の不安な患者たち 』(集英社文庫)等多数。


小林光恵 新刊
『ケアとしての死化粧―エンゼルメイク研究会からの提案』(日本看護協会出版会)

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