| メ イ ン ペ ー ジ |
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| みなさんとナース休憩室で雑談するような気持ちでつれづれに書いていきたいと思っています。よろしくお願いいたします。(小林光恵) |
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先日、茨城の実家に急用ができ、夜の八時過ぎ、上野駅で常磐線に乗り込みました。ボックス席の窓側の席に座ると、向かいの席には八十代も後半と思われる小柄なおじいさん二人が姿勢正しく座っていました。二人とも、元総理の村山富市さんのようなふさふさした白い眉。ズボンの裾が持ち上がって見えている靴下のゴムが緩んでいるのも、まるでお揃いのように同じ。お酒が少し入っているのか、目蓋がほんのり赤くなっているのも同じです。双子のようなこの二人、外見で大きく違う点は頭髪の有無だけでした。 二人は無言で眼を閉じていましたが、北千住を過ぎたあたりで、向かって左側の頭髪アリのほうのおじいさんが目を開け、頭髪ナシのおじいさんのほうをちらりと見たあとにぼそっと言いました。 「シンちゃんよ。どうしても謝らないつもりか」 シンちゃんというらしい頭髪ナシの彼は眼を閉じたまま、なにも答えず口をきゅっとへの字に結びます。 声をかけたほうの頭髪アリの彼は「ちっ」と舌打ちをして眼を閉じ、腕組みをしました。 それから十分くらい経ったころ、ふたたび頭髪アリの彼が言いました。今度は眼を閉じたままです。 「シンちゃん、一言だけ、一言だけ謝ってくれさえすればいいんだよ。なんでそれができないんだよ。おい」 「……」 「なあ、シンちゃん。なんか言ったらどうなんだ。どっかに口を忘れてきちゃったか」 数分後、シンちゃんが眼を閉じたままこう返しました。 「あのな、タカちゃん。そのことは絶対に謝らないって決めたんだ。なんと言われようとも俺は謝らない」 それからは、およそ十分置きに「謝れ」「謝らない」というやりとりが繰り返されました。 上野を出て一時間が経ったころです。「謝れ」「謝らない」のやりとりのあとに、タカちゃんがこう付け加えました。 「ヨウコちゃんはな」 「その名前は言うな!」 と、シンちゃんがぴしゃりと言い返しました。タカちゃんは口をつぐみ、二人には沈黙がまた訪れました。 それからまた十分ほど経ち、もうすぐ土浦駅に到着するというアナウンスが入ったあと、はじめてシンちゃんのほうが先に言葉を発しました。 「五十年も前のことを蒸し返さないでもらいたい。頼むよ、タカちゃん。それじゃ、また」 シンちゃんは土浦駅で降りるのか、立ち上がり、棚から荷物を降ろします。 「クククッ」とタカちゃんのほうから笑っているような気配がするので、そちらを盗み見てみると、なんとタカちゃんが笑っています。なにが可笑しいのだろうと不思議に思っていると、それは笑っているのではなく泣いているのでした。タカちゃんの涙声でそれがわかりました。 「じゃあ、またって、シンちゃん。俺らはもうこんな年寄りになっちゃったんだから、会えるのは今日が最後かもしれないんだよ。だから、だから謝ってほしいって言ったんだよっ」 土浦駅に到着し、シンちゃんは口をへの字のきゅっとむすんだまま、なにも言わずに電車を降りてゆきました。タカちゃんは、シンちゃんが座っていた窓際の席に移動し、背中を丸めてうつむいてしまいました。 電車はほかの電車との「待ち合わせ」のため、土浦駅に五分ほど停車しました。窓の外のホームにぼんやりと眼をやっていると、さきほど降りていったシンちゃんが、満面の笑みをたたえてこちらの窓に一歩一歩近づいてくるではありませんか。そして「開けてくれ」と言いたげに拳で窓を叩きます。よく見ると、シンちゃんもまた笑っているのではありませんでした。 シンちゃんに気づいたタカちゃんは必死で窓を開けようするのですがうまくいかず、私が開けるのを手伝いました。 やっと窓が開くとシンちゃんは、顔をくしゃくしゃにして涙をこぼしながら言いました。 「悪かったな。謝る。ほんとうに悪かった。強情はってた俺が悪かった。ごめんな」 するとタカちゃんは、馬がやるように頭を何度も縦に振って「うん、うん」と答え、ふたたび笑うような表情になって泣き出したのです。どういう事情があるのかまったくわかりませんが、お二人にとって重大ななにかが五十年前に起こり、その件が、今、ひとつのくぎりを迎えたらしいことはわかりました。重みのある「ごめんな」であり、「うん、うん」なのです。 このシーンに感動を覚えた私は泣けてきそうになりました。しかし、たまたまほんの一時だけ居合わせた私が、軽々しくもらい泣きをしてしまってはお二人に失礼な気がしました。でも、涙がこみ上げてきそうで、にわかに困惑しました。 と、背後の席からタイミングよくまことにとぼけた会話が聞こえてきたのです。老夫婦といった感じの男女の声でした。 男性「なあ、インターネットのウブサイトってなんのことだね」 女性「インターネットのウブなサイトってことじゃないの」 男性「あっ、そっか。…まっ、そうだろな」 それを聞いて吹き出しそうになると同時に涙を引っ込めることができたのでした。 笑うことと同じように泣くことも人の大事な営みなのだな。二人のおじいさんは、たくさん笑いたくさん泣いて人生を送ってきたから、笑うのも泣くのも同じ顔になるのかもしれないな。そんな思いの残った出来事でした。 |
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