今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第105回 2012/2 精神科看護の現場とその役割(1)

うつ病をはじめとする精神疾患の患者数は、2008年(平成20年)時点で320万人を超え、いまや国民病のひとつと言ってもおかしくありません。厚生労働省は、がんや脳卒中などの「4大疾病」に精神疾患を追加し、「5大疾病」とする方針を固めています。 これだけ身近な病でありながら、「何となく恐い」「どんな医療が行われているか想像できない」といったイメージを抱いてしまいがちな精神疾患。その実体や精神科看護に携わる看護師の役割などについて、特例社団法人日本精神科看護技術協会専務理事の仲野栄さんにお話を伺いました。
※厚生労働省「平成20年患者調査」より

特例社団法人日本精神科看護技術協会 専務理事
仲野 栄 氏

特例社団法人日本精神科看護技術協会

精神科看護の基本は対話

一般の方は患者さんの様子や看護の現場をイメージしにくいかもしれませんが、精神科の看護師は、病院で療養する患者さんの生活のお手伝い役となり、対話しながら看護することを基本としています。注射や点滴が毎日あるわけではなく、診察も週に1回程度であることが多く、一般科と比べ、医療的な処置は少ないと言ってよいでしょう。また患者さんの特徴として、ご自身に病識がない場合が少なくないため、看護師は患者さんに精神疾患であることを知っていただいた上で、薬物療法の薬を継続的に飲んでいただくよう支援します。ただ、精神科の薬は副作用が強く現れることが多く、さじ加減がとても難しい。副作用は少なく、かつ本来の薬効が出る具合を見極めるには、診察だけでは不十分です。そのため、看護師は患者さんの状態を毎日観察し、主治医に報告します。また、患者さんと薬や病気のことを一緒に考えるなどしています。

よく言われる「恐い」というイメージと違い、精神科には、理不尽な患者さんはそれほど多くありません。とはいえ、自分は病気ではないと思っている患者さんの場合、医療を受けることを拒否したり、病状の影響で興奮しやすく、暴力的になってしまうこともあります。精神科では、そういった事態を回避するための技術を身に付ける「CVPPP(包括的暴力防止プログラム)」の研修が盛んです。患者さんの怒りや興奮を誘発しないように接する看護技法で、行動化があった場合の対応方法を実技で学ぶなどしています。

慢性的な看護師の人手不足、人材の掘り起こしに注力

精神科医療の現状としては、医療従事者のマンパワーが不足しています。一般科に比べて医師や看護師等の人数が少ない基準になっており、集団の患者さんを看護師が少ない人数で見る体制が長く続いています。しかし、患者さんの症状はもちろん、家族との関係、必要なケアも人によって大きく異なります。抱えている心の悩みも人それぞれですから、そういった個別性の高い精神科の患者さんには、看護師が一人ひとりに丁寧に接して、関わる時間を長く持つことが理想的です。そうすることで回復のスピードが上がり、入院期間も短くできると思います。しかし看護師が少ないので、マンツーマンで接する時間は限られているのが現状です。せめて一般科と同じぐらいの看護基準となり、退院までの道のりを、看護師がきちんと伴走してケアできる体制をつくる必要があります。

また、新卒の看護師がなかなか精神科に来てくれないという現実もあり、人材確保も重要な課題です。学生に対して、「まずは一般科で医療技術を磨き、精神科看護は後で」といった働きかけがあることも影響していると思われます。根拠を示すデータがあるわけではありませんが、一般科と精神科との間では給与格差もあるでしょう。診療報酬が高いのは一般科の方で、収入も大きいことが背景にあると思います。「恐い世界ではないか」という精神科病院に対する誤ったイメージが根強いことも問題です。過去に厚生労働省の委託事業で潜在看護師の復職支援を実施した際は、精神科に対する「恐そう」「実体がよく分からない」といったイメージが壁になり、人材確保の難しさを改めて感じました。

しかし、私はこう考えます。例えば子育てで退職した看護師の中には、育児を通じて、人との付き合い方が上手になった方もいることでしょう。患者さんとの対話や長いお付き合いが求められる精神科看護の現場で、その経験を役立てられるのではないかと思うのです。医療の世界は日進月歩ですから、一度現場を離れてしまうと、復帰をためらう女性も多いでしょうが、精神科は必ずしも最先端の医療機器の情報や手技が必要なわけではありません。潜在看護師や新卒者がたくさん集まり、看護師の数が増えることが、より良い精神科看護を提供することにつながると考えています。

看護師の価値観は後回し、患者のありのままを受け止める

私たち看護師は、患者さんの日常や病状回復に接する中で、自分の価値観が邪魔になることがあります。それは、こちらが提供すべきと考えているケアと、患者さんの求めるケアの中身が一致しないときです。訪問看護で私が過去にケアした患者さんの中で、ごみの多い家に住んでいる方がいました。私はまず、清潔でない生活環境を変えることから始めようと思いましたが、当の本人は不潔だとは思っておらず、その方が生活しやすいというのです。要するに、生活の質をはかる物差しや価値観は、個人によって違うということです。看護師の「あるべき論」が、相手にとっては無理な要求になってしまうこともあり、調整が難しいケースもあります。精神科の看護師は自分の価値観ややり方を後回しにして、相手のありのままを受け入れることが大切です。

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