今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第98回 2011/06

動物を治療に介在させる「アニマルセラピー」とは

「動物と触れ合い、心を癒す」。日本ではこのような行為を一般的に「アニマルセラピー」と呼んでおり、QOL(Quality of Life)の向上や予防医学的に効果があると言われています。しかし、治療に動物を介在させるアメリカやイギリスのアニマルセラピーとは、まったく別物なのです。アニマルセラピーの正しい定義とは? そして日本や世界ではどのように取り組まれているのでしょうか。麻布大学獣医学部動物応用科学科介在動物学研究室教授の太田光明さんにお話をうかがいました。

麻布大学獣医学部 動物応用科学科介在動物学研究室 教授
農学博士
太田 光明 氏

麻布大学
麻布大学獣医学部動物応用科学科

欧米諸国で積極的に取り組まれているアニマルセラピー

2010年7月、ストックホルムで開催された「人と動物の関係に関する国際会議」(IAHAIO Conference 2010 at Stockholm)では、ドイツから注目すべき報告が発表されました。それは、一般診療として治療に動物を介在させる、いわゆるアニマルセラピーを、229の病院のうち38の病院で行っているというものでした。さらに、90%以上の医療従事者がアニマルセラピーの効果を認めているという報告もありました。ドイツでは、一時的にとり入れている病院も含めると、ほとんどの病院でアニマルセラピーを実施されているそうです。

また、アメリカやイギリスなどのアニマルセラピー先進国では、その治療行為は公的に認められています。例えば、体調がすぐれず病院へ訪れた場合、日本ではカウンセリングを受け、薬を処方されるのが一般的ですが、アメリカでは「犬や猫を飼いなさい」という処方が認められる例もあるのです。

日本では実施されたことがない動物介在療法

アニマルセラピーに関する国際学会では、アニマルセラピーを大きく三つに分類し、次のように定義しています。

1)動物介在療法(Animal-assisted therapy、AAT):患者の機能や福祉向上の目標を定め、医療従事者が介入するもの
2)動物介在活動(Animal-assisted activity、AAA):ボランティアを基盤として行われ、動機づけ、教育的、娯楽的理由で行うもの
3)動物介在教育(Animal-assisted education、AAE):教育現場で子どもの心の発達や療法的目標を定め、教師が介入するもの

欧米諸国で盛んなアニマルセラピーとは、一般的には「動物介在療法」のことで、病気の治療を目的としたもののことを指します。一方、日本では、例えば「犬と触れ合うと心が癒される」といった「動物介在活動」もアニマルセラピーと呼ばれており、厳密には欧米諸国とは異なった解釈がなされているのです。

また、現在日本のボランティア団体などが行っているアニマルセラピーの多くは「動物介在活動」であり、イギリスやアメリカのように動物が治療に参加しているわけではありません。「動物介在療法」の実績は、日本では皆無と言ってもよいでしょう。
では、なぜ日本では欧米諸国のように「動物介在療法」が普及しないのでしょうか。その理由はさまざま考えられますが、大きな理由のひとつは科学的な検証が不十分であることが挙げられます。また、厚生労働省などに認められていないことも普及の妨げになっています。現在の医療制度では保健点数として加算されないと診療費として申請できません。すなわち、医療従事者が積極的に動物を取り入れようとしても個人負担で治療を行わなければならず、実施に踏み出すには難しい現状があります。さらに、私は日本人の慎重な国民性も理由のひとつだと考えます。欧米諸国の人々のように「効果を期待できるのであれば、何でもやってみよう」といった積極的なスタンスが、日本人には不足しているように思えるのです。

自閉症や認知症などの改善への大きな可能性を秘める

動物を介在させたプログラムの対象は幅広く、自閉症・ダウン症・脳性麻痺・うつ病・統合失調症・心的外傷ストレス障害・アルツハイマー症・高血圧症などが挙げられ、難病とされる病気も少なくありません。特に現代医学では治療が難しいとされる病気に対しては、カウンセリングや薬を飲むよりも、動物を介在させたほうが効果あるという報告もあるほどです。

「動物介在療法」の一例として、話すことができない自閉症の子どもの治療に対して犬を介在させることがあります。犬は命令に対して忠実なので、「sit」と言うと犬は座ります。すると子どもは喜び、言葉を覚えて発するようになることがあります。全く話すことができなかった子どもにとっては大きな前進です。またアメリカのフロリダでは、重度の障害を持った子どもを対象にイルカを介在させた治療「イルカセラピー」を実施しています。プールの中でイルカと触れ合うことで、「イルカに触りたい」と思った子どもに感覚が戻ったり、感情表現をするようになります。私もフロリダの施設へは何度か行ったことがありますが、動けない子どもがプールへ入るためのリフトなどが備えられ、整った環境の中でイルカセラピーに取り組んでいました。

これらのように欧米諸国では、医療従事者やソーシャルワーカーなどの専門家が、さまざまな症状に対して具体的な改善目標を定め、犬や猫、馬、イルカなどの動物をどのように治療に介在させていくかを考えています。

ペットを飼うことで医療費削減の効果も期待できる

また、高齢者の通院回数にもたらす影響についても注目すべき結果が報告されています。
1990年に南カリフォルニアにある保健維持機構(HMO)が、犬を飼っているor飼っていない高齢者を対象に、1年間における通院回数の調査を行いました。すると、身近な友人や家族の死などで、話し相手となる人の喪失などによってストレス時期にある人では、犬を飼っていない人は10.37回であったのに対し、犬を飼っている人は8.62回という結果で、1.75回医者にかかる回数が少ないことがわかりました。また、夫婦や家族と円満に暮らしており、話し相手がいるためストレスが軽い人への調査でも、犬を飼っていない人は8.38回、犬を飼っている人は7.75回という結果でした。

この他にも、メルボルン大学のHeadey博士(社会学)のチームによっても、2007年と2008年にドイツ、オーストラリア、中国におけるペット飼育と人の健康に関する大規模な調査が行われました。この結果でも、ペットを飼っている人は飼っていない人に比べて通院回数が15~20%少なかったと報告されました。さらに、Headey博士らが実際の医療費に換算したところ、ドイツでは約7,547億円、オーストラリアは約3,088億円の医療費削減効果があったとされています。

これらの調査報告は、超高齢社会に突入した日本にとっては軽視できない結果であるはずです。厚生労働省発表の2008年の国民医療費は34兆8084億円で、前年度比で2.0%増加しています。動物を飼うと定期的に散歩をするようになったり、動物が話し相手などの役割を果たしたりと、動物は人々の健康維持や症状緩和に非常に有効です。年々増え続ける国民医療費に対する施策のひとつとして、治療や医療現場に動物を介在させることを、国を挙げて考えていただきたいと思うのです。

日本で普及させるためには地道な検証が必要

2010年6月ころ、三重県のある医師から「アニマルセラピーを治療に取り入れたく、2年後を目途に犬などを飼育するスペースを設けた施設を作りたいので相談にのってほしい」とお電話をいただきました。日本ではアニマルセラピーに関する情報が十分とは言えず、医療従事者であってもアニマルセラピー自体やその効果を知らない方も多いと思います。しかし、中には興味を抱いてくださる医療従事者の方もいて大変うれしく思いました。

今後、日本でアニマルセラピーを普及させるためには、科学的根拠に基づく結果を示すことが重要だと考えます。現在私自身も、麻布大学の精神科の医師と協同で、うつ病の患者さんを対象に犬を抱いたときの脳の血流の変化などを検証しています。そのような研究データを積み重ねることにより、医療への動物介在の有効性を認めてもらえるようになると考えています。

日本では盲導犬ですら病院に入ることができない状況で、医療に対する動物の介在については閉鎖的とも言えるかもしれません。しかし、動物による効果は確実にあるのです。そのことをひとりでも多くの方々へお伝えするために、これからも検証と普及への活動に力を入れていきたいと思います。

太田 光明 氏
【略歴】

1950年3月7日 愛知県生まれ 東京大学農学部畜産獣医学科卒業 東京大学大学院農学系研究科獣医学専攻修士課程修了
1977年4月 財団法人競走馬理化学研究所 入所
1980年6月 東京大学農学部助手。
以後、大阪府立大学農学部助教授を経て、1999年10月から現職
【役職】
麻布大学獣医学部教授(介在動物学)
【資格・学会活動】
農学博士、獣医師 NPO法人日本ペットドッグトレーナーズ協会理事長 動物介在療法に関する国際学会(International Society for Animal-assisted Therapy)副会長 一般社団法人日本動物看護職協会副会長 【著書】
『大震災の被災動物を救うために』兵庫県南部地震動物救援本部
『イラストで見る犬学』、『イラストで見る猫学』(共著)講談社
『人はなぜ動物に癒されるのか』(監修)中央公論社
『アニマル・アシステッド・セラピー』(監修)インターズー社
『ドッグトレーニングパーフェクトマニュアル』チクサン出版社 など
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