インタビューアーカイブ

2017/2

質の高い医療サービスを実現する、医療の質を管理するシステム「QMS-H」とは(前編)

質の高い医療の提供は、病院運営における重要な課題です。業務手順を標準化して、安全で一定の質を保った医療を提供しようという考え方「医療の質マネジメントシステム(QMS-H)」の研究が一部の病院で進められています。病院とともに質の向上をめざしてQMS-Hを研究する早稲田大学 創造理工学部の棟近 雅彦教授に、QMS-Hについて詳しいお話をうかがいました。

棟近 雅彦

早稲田大学 創造理工学部 経営システム工学科 教授

患者さんに満足いただける病院を目指す「QMS-H」の研究

病院運営において、常々課題に挙がるのが「医療の質の向上」です。患者さんにとって「よい病院」であるためには、患者さんに満足いただける質の高い医療サービスの提供が欠かせません。しかし、どのような医療サービスが「よい」と評価されるのか、現状では不確かなところがあります。

そこで、医療の質の向上を図るための研究が「医療の質マネジメントシステム(QMS-H:Quality centered Management System for Healthcare)」です。「よい」サービスの指標をつくり、組織的に運用するためのシステムとなります。

QMS-Hは、もとは製造業で活用されている「質マネジメントシステム(QMS)」がベースとなっています。QMSは、よりよい製品・サービスを安定的に供給するために、製造から流通、販売、そして消費者のもとで使用されるまでの一連の流れを分析し、手順を改善して行く方法論の研究です。製造業と医療の分野は非なるものだと思われるかもしれませんが、「サービスの質を向上させる」という点では、共通の課題を持っています。例えば、「事故防止のために現場スタッフの勤務体系を整備する」「使用する薬品を取り違えないようにラベリングを規定づける」といった工夫は、製造業であっても、医療界であってもどちらの業界にも通じるものがあると言えます。そこで、QMSを医療向けに工夫すれば、医療界でもサービスの質を向上できると考え、研究が始まったのです。

 

よいケアの手順を標準化し一定の質の医療を提供できるように

QMS-Hは、看護師の働き方へも活用できます。QMS-Hでは、医療の質を一定に保つために、ケアの標準化(マニュアル化)が必要だと考えられています。「よいケアの手順」をあらかじめマニュアル化しておけば、そのマニュアル通りの手順を踏んでケアをすることで、高品質なケアを誰もが提供できるようになります。

しかしながら、すべてのケアの手順を見直して、その中から「よい手順」を見つけ出す作業はなかなか骨が折れることです。“人”を相手にする医療の現場では、手順を誤ることができませんから、丁寧に手順を探る必要があります。

ところが、その手順の調査データを元に標準となるマニュアルをいったんつくってしまえば、その病院のスタッフみながマニュアルを共有でき、同じケアを提供できます。新人教育もスムーズですし、院内だけでなく他の病院に対しても公開・転用することもでき、将来的には各地の病院全体での医療の質向上につながるでしょう。

 

PDCAサイクルを通じて「よいケアの手順」を可視化する

では、「よいケアの手順」を見出すためには、どのような作業を進めればよいのでしょうか。
そこで用いるのが、PDCAサイクル(plan-do-check-act cycle)です。PDCAサイクルは、主に生産管理や品質管理などで行われているマネジメントのやり方ですが、医療・看護界でもその存在はおなじみですよね。ご存じの方も多いでしょうが、PDCAはそれぞれPlan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)を表しています。この4つの手順を順番に行い、さらに繰り返し回していくことで、業務を改善しながら向上させていきます。

QMS-Hにおいても、PDCAサイクルの流れに沿って現在の業務の手順を分析し、業務の可視化と改善を行います。例えば、次のような手順で進めます。

1. Plan(計画)

 

改善したいことを明確にし、到達目標を掲げます。最終的な目標は「患者満足度を上げる」ことですが、何をもって患者さんが満足したと言えるのか、病院・病棟での具体的な到達目標を定めます。病院には多くの課題がありますが、現在注力すべき問題はひとつにしぼりましょう。複数の課題に並行して取り組むと、徹底して取り組むことができず、どれも中途半端な結果に終わってしまいます。
例えば、「褥瘡を減らす」ことを到達目標に設定して考えてみましょう。目標達成のめに必要なのは、「体位変換のスケジュール表に基づいてケアを行う」「マットレスを褥瘡ケア用に変える」などといった具体的なケア計画を立てることです。これがPlanにあたります。
Planの段階では、スタッフ個人で目標を立てるのではなく、病院長からすべてのスタッフへ、また病棟内であれば看護師長から現場のナースたちへといったように、トップダウンで目標を示す必要があります。上層部が目指す病院の方向性を提示し、スタッフがみな同じ目標に向かえるように導いていくためです。

2. Do(実行)

 

「Plan」で立てた計画の実行フェーズです。褥瘡ケアでいえば、ケア計画に基づいてケアを実施し、観察した結果を記録に残す手順が「Do」にあたります。
トップダウンで行うべき「Plan」とは異なり、「Do」では経営層や管理者だけでなく全スタッフが意識して取り組む必要があります。医療の現場では、医師・看護師だけでなく、あらゆる職種がおのおのの方法で患者さんへサービスを提供しています。例えばレストランへ行った時、どんなに内装がきれいで料理がおいしくても、支払い時に高圧な態度で接客されたら、そのレストランの評価が下がってしまうことがあるでしょう。医療や看護も同じです。どんなに高品質な医療を提供しても、一部のケアが不十分であれば、全体的な評価は下がってしまうものです。みんなが同じ目標をめざしながら、仕事を改善していかなければ患者さんの満足は得られません。ですから、一人ひとりが患者さんによろこんでもらえるケアの提供を意識する必要があるのです。

3. Check(評価)

集積したケアの手順データを分析し、手順と結果を評価します。同じく褥瘡の例で考えますと、「褥瘡が完治した」「小さくなった」「変化なし」など、ケアの結果を評価します。
「Plan」の計画通りに進行し目標は達成できたかをチェックし、もし達成できなかった場合は課題を抽出します。

4. Act(改善)

「Check」で明らかになった課題の解決方法を探ります。その課題を元に「Plan」に再び戻り、PDCAのサイクルを繰り返すことで少しずつ課題をクリアしていきます。

PDCAサイクルを繰り返しながら、Checkでよい評価を得た手順を、標準手順としてマニュアル化します。そのマニュアル元に、一定の質を保ったケアを提供できる業務体制をつくって運用していきます。これがQMS-Hの考え方です。

患者さんの状態によって最善のケアが異なるケースもありますし、かつて「よいケアの手順」とされてきたことでも、医療技術や研究の発展により、誤りだと判断されることもあります。問題が発生したら都度、改訂していくことによって、より精度の高いケアを提供できるようになるはずです。

 

一定の質が一定の患者満足度につながるとは限らない

医療サービスを受ける患者さんは“人”ですから、ケアを受ける患者さんによって、同じケアでも評価に個人差が生まれることを忘れてはなりません。
例えば、以下のような差が考えられます。

<標準化されたケアを行っても、患者さんごとに結果は変わる>

  • Aさんの褥瘡は小さくなり、本人も褥瘡ケアに満足した
  • Bさんの褥瘡は小さくなったが、体位変更の頻度が高く、ケアをわずらわしく思っていた
  • Cさんの褥瘡は小さくならなかったが、Cさん自身は褥瘡ケアに満足した
  • Dさんの褥瘡は小さくならず、現在もつらい思いをしている

BさんとDさんの患者満足度は低いことになりますが、ケアの評価は下げるべきでしょうか? AさんとCさんへのケアにプラス評価はあれ、最善を尽くしてもよい結果がでないこともある医療サービスですから、結果だけで評価するのは厳しいです。
現在のQMS-H研究では、結果とともにケアの過程を評価することも重視しています。「よい手順」に沿って行われたケアは、「よいもの」として評価するのです。

後編はこちら

棟近 雅彦

早稲田大学 創造理工学部 経営システム工学科 教授

【略歴】
1982年
東京大学工学部 反応化学科 卒業
1987年
同大学大学院 工学系研究科博士課程 修了(工学博士)
同大学工学部 反応化学科助手
1992年
早稲田大学理工学部 工業経営学科(現 創造理工学部 経営システム工学科)専任講師
1993年
同助教授
1999年
同教授

SNSでシェアする