今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第84回 2010/04

最期の看取りの大切なひとときを、家族に寄り添い、実感あるものに変えた「エンゼルメイク」

「Nursing-plaza.com」で連載中の大人気コラム『こちら、ナース休憩室別館』。元看護師の経験を活かした視点で語る小林光恵さんの看護や医療現場の世界は、多くの人々の感動をよんできました。そんな小林さんが代表を務める「エンゼルメイク研究会」の活動は、臨終の場面での家族の関わりを改めて考えさせるきっかけとなり、今では家族とともにエンゼルメイクに取り組む施設が急増中です。今回は、その活動を振り返り、今後の展望などを語っていただきました。

エンゼルメイク研究会代表、著述家
小林 光恵 氏

小林光恵のホームページ

患者さんの最期の場面で感じた二つの疑問

1980年代前半に数年間、看護師として病院に勤務した時の経験はとても強烈でした。その経験をもとにエッセイや小説を書くようになったのですが、なかでも忘れられなかったのが、「死後処置」を通して感じた二つの疑問。これが、のちに「エンゼルメイク研究会」を発足させるきっかけとなったのです。
一つは、医師の「ご臨終です」の言葉のあとの時間について。医師や看護師が退室して家族だけで30分ほどお別れの時を過ごし、その後、看護師が亡くなった患者さんの身だしなみを整える死後処置を行います。綿詰めや傷の手当などは看護師の行うケアとして当然必要だと思うのですが、体を拭いたり着替えをしたり、お顔を整える行為を、ほんの一時期関わった看護師だけで行っていいものだろうか、と疑問が湧いたのです。私は家族を自宅で看取り、家族や地域ぐるみで亡くなった方を見送っていた世代。ですから、たった30分で別れを済ませ、看護師が手早く死後処置を行う流れに、ドライな印象と違和感を持ちました。

二つめは、死後処置の一つである薄化粧に使う化粧品類が、とても粗末だった点です。崩れてしまったプレストタイプのパウダーファンデーション、洗わずに使い続けているスポンジ、派手な色の口紅……。驚くことに、闘病中のケアに必要な物品類はすべて病院が備品・消耗品として揃えるのに、死後処置に使う化粧品類だけは看護師が私物を提供したものでした。 「自分の親だったら使いたくないな……」
そう思いながらも、闘病で生前の面影が失われている方に、少しでも穏やかで安らかな表情になっていただきたいと考えて、やむなく使っていました。
病院を辞して17年後の40歳の時、「今、やらなければ!」と、死後処置をケアとして検討する研究会を本格的に作り、真正面から取り組もうと決意。「死後処置を行う場面は、看取りの最後の場面でもあり、家族にとっては悲しく辛いだけの時間ではないのではないか」という思いがありました。

「死後処置」に疑問を抱いていたのは、私だけではなかった

研究会を発足し、まず考えたのは「死後処置を看護として検討するには、現状を把握するために客観的なデータを取り、検討の必要性を広く知らしめる必要がある」でした。そこで、看護師へのアンケート協力依頼を各病院に開始。ところが、断られてしまうことが続きました。「本当に真剣なの?」「どうせ面白おかしく記事を書くつもりでしょ?」などといった反応でした。モニター病院としての協力を打診しても、「なに言ってるの?」「検討の必要なし」といった感じでした。

しかしあきらめずに、ある方の力も借りて取り組み、5病院702人のアンケートを実施することができたのです。また、研究会の発足メンバーである美容研究家の小林照子さんがモニター病院を見つけてくださり、活動の大きな一歩となりました。
アンケートを集計してみると、死後処置について、私と同じように疑問を感じている看護師が大変多くいることがわかり、これを日本臨床死生学会で発表してみると、同じように参加者から多くの賛同を得られました。「やはり検討の必要がある」と確信。モニター病院とは、研究会発足の翌2002年から連携し、情報交換をしながら死後処置についての検討をスタートさせることができました。研究会ではテーマに関係する取材を重ね、検討会を開いたりして、2004年には検討成果をまとめた本『ケアとしての死化粧――エンゼルメイク研究会からの提案』(2007年に改訂版、日本看護協会出版会)を出版。大きな反響があり、それ以降、看護・医療の現場をはじめ一般の方からも講演の依頼を多くいただいています。2005年には専用メイクセットの企画・監修を担当。日々、「エンゼルメイク」への関心の高まりを実感しています。

「エンゼルメイク」がケアの視点を変える

研究会の活動開始と同時に、亡くなった人の外見を整える行為の呼び方を定めることにしました。それまでは、顔のメイクは「死後メイク」、全身の整えは「死後処置」と分けたり、顔や全身の整えを含めて「エンゼル」と呼ぶなど、さまざまな呼び方がありました。そこで、私たちは改めて「エンゼルメイク」の定義を以下のように決めたのです。
「エンゼルメイクとは、医療行為による侵襲や病状などによって失われた生前の面影を、可能な範囲で取り戻すための顔の造作を整える作業や保清を含んだ"ケアの一環としての死化粧"である。また、グリーフ(死別の悲嘆)ケアの意味合いも併せ持つ行為であり、最期の顔を大切なものと考えた上で、その人らしい容貌・装いに整えるケア全般のことである」

つまり、臨終をむかえた人の外見や身だしなみの整えを、ナースと家族が一緒に、あるいは家族が中心になって行うことが「エンゼルメイク」なのです。メイクという名称ですが、お化粧だけではなく、遺体特有の皮膚の乾燥などに配慮しながら行うお顔のスキンケアや、シャンプー、爪切り、着替えなど、すべてのケアを指しています。
それから少しずつ、臨終から退院までの流れを見直す病院が出てきました。診療報酬の観点からは「医療は亡くなるところまで」。患者さんが亡くなったあとに行う死後処置は、「医療ではない付帯業務」という捉え方だったように思います。看護の現場では、年々情報量が増え、知識やスキルの向上が不可欠なので、そんな中、死後処置はなかなか優先的に検討できないテーマだったのでしょう。そこで、日本人の死生観や遺体への感情などを専門家に取材したり、風習・習わしなどについて聴き取りした情報を、看護師の皆さんにお伝えすると、死後処置の場面が「付帯業務」とはいえない、人間の営みとして大切な時間であることに気づき、改めてじっくりと考えるきっかけになったのだと思います。

これは、とある病院がエンゼルメイクの取り組みを始めたときの話なのですが……。当初は看護師が、亡くなった方のご家族に向かって「ご一緒にケアをなさいませんか?」と声をかけていたそうです。しかし、声をかけられたほうは、なにをどうしていいのかわからない。地域ぐるみで亡くなった方をお送りしていた時代とは違い、今は「人の死に直面するのがはじめて」という人も多いので、「一緒にケアを」と言われるとかえって戸惑ってしまうのです。そこで「ご本人が一人になってしまうとお寂しいと思うので、付き添っていていただけませんか?」と、声のかけ方を変えたのだそう。亡くなった方を生きている人と同じように捉えることで、ご家族の気持ちに添うことができるのです。こうした声かけも、ご家族が看護師と一緒になって、相談しながらメイクを行えるきっかけになったと言います。これは、まさに看護の原点といえる、「相手を理解し対応する」ケア。エンゼルメイクをきっかけに、ケアの視点がガラリと変わり、いっそう患者さんとの距離が縮まったという声が聞こえてきています。

家族の気持ちに寄り添い、生の余韻を大切に

時代の変化とともに地域コミュニティが失われ、葬儀を取り仕切る近所の世話役がいなくなり、家族がすべてを行わなければならない時代になりつつあります。悲しみにひたる余裕もなく、葬儀社のサービスを受け入れるだけ。そうなるとさらに、臨終の告知から退院までのわずかなひとときは、家族を亡くした方の「生の余韻のある日常の時間の一つ」であり、じっくりと向き合える貴重な時間だと思うのです。

看護師にすすめられて、亡くなった高齢の母親の爪を切った息子さんは、自然と母親の足をさするようになり、やがて声をかけ、ついには肩を震わせて涙を流しました。その後、その息子さんから「やらせてもらってよかった」と声をかけられたそうです。大切な人を亡くすと必ずさまざまな後悔が出てくるといいますが、「でも最期に爪切りをしたんだ」という事実が残り、救いになるのだと思います。亡くなった方の体に触れることはとても大切なこと、二度とない時間です。エンゼルメイクにはそんな役割があることを、多くの看護師の皆さんには知っておいてほしいと思います。
ご遺体に触れる機会が少なくなったことで、死後の体の変化などを知らないご家族が増えました。なにも知らない家族はその変化に驚き、時には病院や看護師に対して不満をぶつけることも。看護師として、死後の体の変化を基本知識として学び、また家族に対して、死後の体の変化をお教えすることも必要だと考えます。

映画『おくりびと』が大ヒットしたように、「看取り」を考える時代がきているのではないでしょうか。エンゼルメイクはその看取りについて考える入り口として適していると思います。こういった時代背景を看護師の皆さんに感じ取っていただき、また、この時代を引っ張っていただければと考えています。

小林 光恵 氏
【略歴】

1960年 茨城県生まれ
1982年 東京警察病院看護専門学校卒業。看護師として東京警察病院勤務
1984年 看護師として茨城県赤十字血液センターに勤務
1986年~1990年 出版関係専門学校を経て、編集者として出版社に勤務
1991年~ 独立し、執筆を中心に活動、現在に至る
2001年 エンゼルメイク研究会発足、代表就任
【著書】
『死化粧の時 エンゼルメイクを知っていますか?』(洋泉社)/『死化粧(エンゼルメイク)-最期の看取り』(宝島社)/『ナースマンがゆく』(幻冬舎文庫)/『気分よく病院へ行こう』(集英社文庫)など
【編著】
『改訂版 ケアとしての死化粧―エンゼルメイクから見えてくる最期のケア』(日本看護協会出版会)
【原案・取材】
マンガ『おたんこナース』(小学館)
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